世にも奇妙な物語 「崖の上のポニョ」

先日、テレビで「崖の上のポニョ」をやっていた。
何度目のテレビ放送になるのだろうか…

ポニョはホントに不思議な物語だ。
アンデルセン童話の「人魚姫」を下敷きにしたファンタジーに見えるけど、一見辻褄が合わないところや、過剰に密な演出部分などに満ち溢れている。

ネット上でも、いろんな情報や見解が交錯している。

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歪んだ世界観

嵐の後、洪水の海に甲冑魚や巨大魚、三葉虫などが泳いでいるにも関わらず、(5歳の宗介は別にしても)誰も不思議に思っていない。
宗介とポニョが、明らかにブリキ製のオモチャの船に乗っていても、大人たちは気にしていない(危な過ぎるやんか)。

これは夢の中では、少々荒唐無稽な出来事が起こっても、夢だと気付くことが(ほとんど)ないことに似ている。

つまりここは現実世界ではない、ということか…

ポニョの名前

父親のフジモトはポニョを「ブリュンヒルデ」と呼ぶ。

ブリュンヒルデとは北欧神話の登場人物(?)、ワルキューレのひとりで、死者を天界に導くことがその役割だ。
宮﨑駿が偶然その名前を用いたとは考えにくい。

この名前こそが、ポニョの隠されたキャラクターを物語っているのではないか…

ポニョの眠り

ポニョは劇中、何度か眠っている。
眠って目覚めるたびに、その世界、あるいはポニョ自身が変化している。

「眠り」と「目覚め」は、「死」と「再生」を意味しているんだろうか…

ポニョのキス

ポニョは劇中、3人にキスしている。

ひとりは、洪水の水上で出会った若い夫婦の子供、赤ちゃんだ。
この夫婦は子連れにも関わらず、集団から外れ、しかもその手助けも拒む。
グズる姿を見かねてポニョがキスをすると、赤ちゃんは笑い、夫婦ともども(幸せそうに?)どこかに行ってしまう…

もう一人は、最初意地悪そうに見えていた足の不自由な老婆、トキだ。
ほんとうは良い人だったみたいで、フジモトに追われる宗介を守ろうとして、魚に戻ったポニョを偶然顔面で受け止めてしまった。
そのため、他の老人たちと同じ空間に転移して、自分の足で歩けるようになる。

最後は宗介。
再び人間になったポニョとキスし、物語は終わる。
宗介はどこに連れて行かれたのだろうか…

そう考えると、ポニョは「人魚姫」なんかではなく「牡丹灯篭」なのかも知れないね…

宮﨑駿は確信犯!?

もちろん、宮﨑駿やジブリがポニョの裏設定を、公式に発表したことはない。
しかし宮﨑が、こういう裏設定を物語に組み込むことは有名だ。

例えば、「TV版 ルパン三世 2nd season」の最終話「さらば愛しきルパンよ」は宮﨑が“照樹務”というペンネーム(製作会社「テレコム」のもじり)で脚本・演出している。

物語は、ロボット(ラピュタの飛行兵と同じデザイン!)を使って悪事を働くルパン一味を銭形警部が追いかける、というもの。
しかしルパン一味は偽物で、銭形こそが変装したルパンだった、というオチだ。

最終話にこういうエピソードを持ってくるということは、これまで154話分のルパン全部が偽物だった、と取れないこともない。
実際、後のアニメ雑誌のインタビューで、宮﨑はこれを認めている。

「TV版 ルパン三世 2nd season」はハードボイルド色が強く、ルパンやその一味は平気で人を殺す(もちろん殺されてもしかたないような悪人ばかりだが)。
ルパンは盗みはやっても、相手がどんな悪党であっても殺しはしない、という美学を持っていた宮﨑は、それが許せなかったという。
それなら物語自体を否定してやろう、という気持ちでこれを作ったようだ…

このように、表面的な物語とは別に、裏の設定も考えて物語を構成することがある宮﨑だから、ポニョにも裏の設定があっても不思議ではないよね…

まとめ

ファンタジー色の強い作品が多いから、イメージで作っている感じがするんだけど、実際の宮﨑作品は理詰めで、論理的に物語が作られているような気がする。
それは後にインタビューや対談で語っているように、起承転結のハッキリした物語は作りたくない、という発言と相反するものではないと思う。

起承転結や細かい説明がなくても、わかる人にはわかるし、わからない人にはわかってもらわなくても結構、みたいな感覚があるのかも。
実際、ポニョなんかは、そこまで考えなくても、画面を見ているだけでも充分楽しい作品だしね。

でも、こんな風に調べたり考えたりすることも、アニメの楽しみ方のひとつだと、僕は思います…

[文中敬称略]

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