東浩紀「弱いつながり 検索ワードを探す旅」を読んだ

IMG_0657

僕のなかの東浩紀は、小太りで、少し甲高い声で喋り、時々キレる、というイメージだ(←失礼)。
話している内容は、さすがに思想家哲学者なので、難しい言葉や聞いたこともない横文字が時折出てくるから、半分も理解できないことがある。

東浩紀の著作を読むのは、処女長編小説で三島由紀夫賞も受賞した「クォンタム・ファミリーズ」と、本書で2冊目だ。
いや、10年ほど前に笠井潔との共著「動物化する世界の中で」を読んだから、2.5冊目というべきか。

本書は、僕の東浩紀のイメージとは違い、非常にわかりやすい言葉とわかりやすい文章で書かれている。
読書が不得意な人でも、時間があれば1日で読めるだろう。
もちろん内容が薄いわけではなく、それくらい読みやすいのだ。

テーマはサブタイトルにもあるとおり、「検索ワード」だ。
ふだんネットを使いこなしているつもりでも、見ているサイトは決まっているし、検索している文言は自分の中にあるものでしかない。
ネットは能動的なメディアだけに、自分が変わらなければ拡張性に乏しい。
自分を非日常に置くことにより、ノイズに晒し、今までにない新しい「検索ワード」を得よう、というのがテーマだ。

そのために東浩紀は旅行を推奨する。
しかも、自分探しの旅的なハードなものではなく、観光旅行で充分だと言う。
自分が所属している旧来の人間関係「村」=計画性から離れ、偶然性に身を晒すことが重要なのだと。

本書は、0から9まで、10の章によって構成されている。
序章となる0、ボーナストラックの8、終章である9以外の章には、それぞれ副題として国名や都市名があてられている。
全てが東浩紀自身が実際に訪れた国や都市ばかりで、独特な視点で描写されている。
だから一風変わった旅行書として、本書を楽しむこともできる。

僕が最も面白かったのは、まるで「ニンジャスレイヤー」のようなフロア、タイの「ターミナル21」のエピソード。
そこで書かれていた、「オリジナルのない純粋なコピー」と哲学用語で言う「シミュラークル」という文言。
これらは少し気になるので、インプットしておきます。

また本書は「敬体」と「常体」が混在した文章で書かれている。
どちらかに統一して書くことが常識ではあるが、東浩紀がそれを知らないわけがない。
何らかの意図があるのだろうか、とどうでもいいようなことが気になってしまうのは、僕自身このブログを敬常混在させて書いているからだ。
まぁ僕の場合、たいした意図はないんだけど…

でも出不精ヒキコモリのの僕も、これを読んで出かけてみたくなったな…
まぁ、たぶん出かけないけど…

僕はいつものように、「ネットダイビング」を楽しみます。
より、深く潜れ !!

[文中敬称略]

スポンサーリンク
オススメのコンテンツ