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リモコンが身の回りからなくなった

201409271

電子の城

かつて僕は多くの電子機器に囲まれて暮らしていた。
複数のパソコンに数種類のゲーム機、テレビモニター、DVD/Blu-rayプレイヤーとHDレコーダー…
たぶん、僕の部屋には電磁波が、激しく飛び交っていたことだろう。

それらのほとんどは、専用のリモコンによって遠隔操作できる。
つまり電子機器と同数のリモコンが、僕のまわりには常にあった。
一部は学習機能付きのリモコン一つで、複数の機器を操作していたが、ゲーム機のコントローラーなどを含めると、二桁近いリモコンがあったことになる。

今から考えると、よくあれだけのリモコンを使い分けられていたなあ、と思う。
 

落城の時、そして天下は統一される

やがて時は流れ、僕はテレビをあまり見なくなり、ゲームもほとんどしなくなった。

少しは大人になった、といえばカッコイイけど、深夜アニメは相変わらず録画して見ているし、MacやiPadでYouTubeやニコニコ動画を見ている。
大人になったんじゃなくて、興味の方向が変わっただけだった…

しかし同時に、ほとんどの電子機器が不要になってきたのは事実だ。
DVD/Blu-rayプレイヤーとHDレコーダーは、Macとnasneで代用できる(僕のMacBookAirには外付けのディスクレコーダーが必要だけど…)。
テレビモニターも、MacとiPadがあればnasneを使って視聴することができるから不要だ。
最近ほとんどすることがなくなったゲームだって、iPadやiPhoneでできるしね。

つまり多くの電子機器は、MacとiPadとiPhoneに集約されてしまったのだ(nasneも必要だけど…)。
と同時に、僕のまわりにあったリモコンは、綺麗さっぱりなくなってしまった。
今あるのは、エアコンのリモコンひとつだけだ…
 

まとめ 未来は集約されるのか!?

IT技術の革新は、僕のミニマリスト計画を後押ししてくれている。
もっと技術が進めば、MacとiPadとiPhoneもひとつに集約されてしまうかも知れない。

でも自分の趣味や興味が、ひとつのディバイスにまとまってしまうのは、ちょっと怖いような気もするな…
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